#031 : 坂口修一郎さん、コムアイさん : プレオーガニックコットン、村みたいなコミュニティ、Common Ground

記事の掲載場所: 2026年7月30日

坂口 修一郎
株式会社BAGN 代表取締役
1971年鹿児島生まれ。1993年より無国籍楽団「ダブルフェイマス」のメンバーとして音楽活動する傍ら、株式会社BAGNを設立。2010年より野外イベント「グッドネイバーズ・ジャンボリー」を主宰。東京と鹿児島を拠点に、日本各地でオープンスペースの空間プロデュースやイベント、フェスティバルなど、ジャンルや地域を越境しながら多くのプレイスメイキングを行っている。instagram : @shu_sakaguchi

コムアイ/KOM_I
アーティスト・歌手
歌、踊り、執筆。 主な音楽作品に、オオルタイチと制作した『YAKUSHIMA TREASURE』や、食品まつりa.k.a foodmanと発表した『FANI MANI』。気候危機について歌った『なんか地球がおかしい』など。 社会問題に取り組むアーティビズム・コレクティブ『HYPE FREE WATER』をビジュアルアーティストの村田実莉と立ち上げ、貨幣について考える実験的アートイベント『おかしなおかね』を主催、Podcast番組『ぺらぺ〜らの泉』を毎週土曜日に配信中。NHK『雨の日』、Netflix『Followers』、映画『福田村事件』などに出演し、俳優としても活動。2021年まで音楽ユニット・水曜日のカンパネラのボーカルとして活動。 ペルーアマゾンでの出産体験を本にするべく執筆中。instagram : @kom_i_jp

Key Words: Double Famous, BE A GOOD NEIGHBOR, GOOD NEIGHBORS JAMBOREE, Reborn-Art Festival, 大川小学校, 中沢新一, LOVEDAVID, 新疆ウイグル自治区, 宮本常一, 忘れられた日本人, カナルタ 螺旋状の夢, 福島第一原発, チョルノービリ, SIDE CORE

2026.5.17 「Grow Organic Gathering」にて:

[江良] 
こんばんは。 皆さん来ていただいてありがとうございます。 今から一時間ほどですね、坂口修一郎さんとコムアイさんをお招きして、「Common Ground」というテーマでトークをしていきたいと思いますので、皆さんお付き合いいただければと思います。 
よろしければ前の方に椅子があるので、ちょっと空いてると寂しいんで、よかったら座ってください。 お願いいたします。

はい。 じゃあ、えっと、早速ですけども。 

[コムアイ]
はい。

[江良] 
はい、始めさせていただきたいと思います。 よろしくお願いします。

じゃあまず、簡単に自己紹介をさせていただければと。 僕は、江良慶介といいます。 この、Grow Organicっていうプロジェクトをやっています。 まあそれが何かはちょっとまたお話できればと思いますけれども。じゃあ、坂口さんから。 

[坂口]
はい。改めまして、はじめまして、よろしくお願いします。坂口修一郎と申します。どれぐらい自己紹介すればいいですか?

[江良] 
いくらでも。

[坂口]
今日僕あの鹿児島から来たんですけども、あの、三年ぐらい前に鹿児島に移住をして、今鹿児島に住んで、東京と二拠点で行ったり来たりしてますけども。 そう、そうなんですよ。それで、まあ出身は鹿児島です。 元々、Double Famousというバンドでトランペットを吹いていて、まあ今もまだやってますけど、今は東京と鹿児島と二拠点で、施設のプロデュースしたり、空間を作ったり、イベントやったりっていうのを、二十人ぐらいの仲間と一緒に会社を作って、それで行ったり来たりしてるという感じです。 

Grow Organicは、今僕が着てるのがそのTシャツですけど、自分の会社の名前がBE A GOOD NEIGHBORという会社の名前でやっていて、GOOD NEIGHBORS JAMBOREEというイベントをずっと15年ぐらいやってたんですけど、二拠点で、行ったり来たりしながら。そのときに江良さんに、イベントにも来てもらったりとか、まあいろいろあちこちでこう繋がりがあって。その、自分たちのスローガン「BE A GOOD NEIGHBOR」、あの、「よき隣人であれ」という、テーマでいろんな活動をしてるので、そのTシャツを作ってくれて、というところで繋がってるというような感じです。 はい。 

[江良] 
ありがとうございます。はい。じゃあ、次にコムアイさんお願いします。

[コムアイ]
コムアイと申します。 はじめまして。
私はもともと水曜日のカンパネラという音楽ユニットで、音楽キャリアをスタートさせて、それからしばらくやったんですけど、2021年に脱退しました。 その後は音楽とか執筆活動だったり、まあこういうトークだったり、いろいろな活動をしながら過ごしてます。江良さんとの接点は一番最初はReborn-Art Festivalっていう、被災地、いろんな場所の被災地って言ったらいいのかな。

[江良] 
石巻ですね。

[コムアイ]
石巻中心ですね。石巻でやっている、震災以降に続けているアートフェスティバルがあって、
そこで、宮沢賢治の作品をやりました。私は蟹の役

[江良]
蟹沢壽一。

[コムアイ]
そう、蟹澤壽一って。

[坂口]
蟹の役。

[コムアイ]
蟹になったり、いろんな役になりましたけど。

[江良]
大川小学校で、いろんな小学生みんな亡くなっちゃったんですけども、その小学生を、中沢新一さんっていう、人類学者さんがオマージュして、宮沢賢治がその蟹のね、本当は死んじゃった兄弟と出会って。 

[コムアイ]
重ねて。

[江良]
重ねてね、なっていくという。

[コムアイ]
あの脚本を書いて。

[江良]
面白い、素晴らしい演劇でしたね、大変だったけどね。

[コムアイ]
大変だったので、ものすごい、あの馬力のある、馬力でプロジェクトを進めてくれる方だなあっていうのが最初の印象でした。 実はその、もっと前から始めてらっしゃったんですよね、オーガニックコットンの。最初から関わってたんですかね。 プレオーガニックコットンは、私が高校生か大学生ぐらいの時に、まだ音楽活動も始めてない頃に普通に買って、もうめっちゃ穿いてたんですよ。 ズボンだったんですけど、めちゃめちゃ「どんどんトロトロに気持ちよくなるな、こいつ」って思ってて、「これはめちゃくちゃいい」って思ってたのが、最後、こう会った時にも繋がらないんだけど、だんだんこう分かって、「あの時私が買ったあれを作ってた人だったんだ」っていう感じに後でなりました。で、今日着て私もこう着させてもらってたり、後ろのあのピンクと緑のTシャツ2色あるんですけど、私かなり着たんで、もう結構薄くなってます。 

[江良]
色が違います。

[コムアイ]
色が違うんですけど、これを一緒に作らせてもらいました。

[江良]
これもでも相当こだわったですよね。あの色がね。

[コムアイ]
そう、色めっちゃ可愛いんですけど。ボタニカルダイ。

[江良]
そうだよね。ボタニカルダイで、でもコットンを使ったんだよね。

[コムアイ]
そうなんですよね。なんか特殊な染め方をしてくれる会社さんがいて。

[江良]
綿とか茎とかそういうのを使って、反応させると、あの二色ができる。

[コムアイ] 
なんでピンク? なんでミドリ?と思うと思うんですけど、あの植物がなんか一生で出すいろんな色を元々持ってるっていうんですよ。 その染めてくれた人が。 で、ピンクは、あのコットンって枯れた時にちょっと枝が赤っぽくなるというか、乾いた部分がちょっと赤みが出るんですけど、それを抽出していて、 ミドリの方はあの緑の時の葉っぱの色です。それから抽出して、草木染めではないんですよ。 でも化学染料でもないみたいな。 

[坂口]
あんな濃い色出るんですね。

[コムアイ] 
そうなんですよ。すごい面白い。ボタニカルダイっていう風に調べたら出てきます。
言葉もめっちゃ素敵で、後ろに書いてあるのが「SOMETHING ENDLESSLY...」 終わりなく温かくて優しいもの。 それが可能だと教えてくれるものみたいな感じです。すごい素敵なメッセージ、LOVEDAVIDってオーストラリア人の友達が作ってくれたんですよね、デザインを。 
はい、めっちゃお気に入りで着てます。 ありがとうございます。 

[江良]
こちらこそありがとうございます。

[コムアイ]  
めっちゃ柔らかくなっていきませんか?

[坂口]
ね、これが今。

[コムアイ] 
はい、着倒して。

[江良]
何年前?5年?

[コムアイ]
5年ぐらい前かな。

[江良]
ちなみにその企画を伊勢丹側でやってた寺澤さん、あの人が伊勢丹側でやってて。

[コムアイ]
お会いするの初めてですね!

[江良]
初めてだと思います。

[コムアイ]
ありがとうございます!その節は大変お世話になりました。嬉しい。

[坂口]
Grow Organicは何年やってるんですか?

[江良]
プレオーガニックっていうのは2007年からやってるんですよ。

[坂口]
そんなに。

[江良]
はい。

[坂口]
もう10年近くやってるってこと?

[江良]
20年近い。

[坂口]
2007年か。

[江良]
2007年。

[コムアイ] 
20年近い。え、やば!

[江良]
最初は僕がクルックってとこ入って、最初クルックのボスは小林武史っていう方がいて、その人から無茶ぶりで、あの、Mr.Childrenのコンサートグッズを環境対応にして、(同時に)クルックっていう会社を立て直そうっていうオーダーだったんですよ。 

[コムアイ]
えー!

[坂口]
怖い!

[江良]
録音しない方がよかったかもしれない。笑 それで、最初中国のオーガニックコットンを使って、ツアーグッズを作ったんですよ。 オーガニックコットンがいいっていうのはなんか感覚的な問題だね。で、でもやっぱりオーガニックコットンって、こういう農家というか、生産地の環境と、この生産者、コットンを育てている人が農薬を使うと、やっぱりその健康的な被害があったりとか、あとはここの人たちでいうと、年収が10万円から90万円ぐらいの、まあやっぱりインドでコットン育てる人って貧しい人たちだね。だから、その貧しい人たちが農薬を使うってことは、種も遺伝子組み換えした種も使わなきゃ、買わなきゃ、その農薬が草木、草が枯れちゃうんだよね。 その遺伝子組み換えしてないと。 その種とその農薬をセットで買うんだけども、現金持ってないから借金して買うんですよ。 その借金が担保ないんで、年利で50%あるんですよ。50%ですよ。

[坂口]
50%!?

[江良]
10万借りて、15万で返すとか、そういう、1年でね。 それで取れれば成り立つんだけど、たまにあの天気が悪くて取れなかったとかになると、結構あの自殺とか夜逃げとか、結構そういう社会問題に結構ほんとあって。みたいなことで、何が言いたかったかっていうと、やっぱりそのオーガニックコットンで何がいいかって、結局生産地が良くなってるかどうかっていうだけの話で、着てる、まあこれ着心地いいのはまた別の話なの。 農薬を使ってるかどうかよりも、その品種がどうかとか、ちゃんとこう柔らかく、そもそも編み立ててるかとか、糸をそれで作ってるかとか。 

[坂口]
作り方の問題。

[江良]
物理的な話で、農薬がこの中に残ってるってことはないんですよ。 だから本当に生産地がどうなの? っていう一択で。だから話戻ると、最初中国でそういうコンサートグッズ作ってたんだけども、結構な量にもなるし、本当にどう良くなってるの? っていうのを確かめに行こうということで、中国の大連で糸作ってたんで、そこに行って、本当に良くなってるか、畑連れてけって言ったら連れていけないと。で、なんで連れていけないかっていうと、さっき話しちゃってるけど。 あの新疆って今ね、新疆綿って結構問題になってますけど、ウイグル族を管理、弾圧と言わず管理ということですが、管理するために、この中国の人民軍が昔の日本でいう屯田兵みたいに、ゴミ砂漠にバーッとコットンの種まいて、収穫の時は北京ぐらいからこういう滑車の電車、特別電車を設けて、そこに農家「乗れ乗れ乗れ」つってガーってこうウイグルまで連れてって、そこで強制的にピッキング、その綿を収穫させて、でも農薬使ってないから証明書つけて、「はい、これがオーガニックです」って言って、それをうかうか使ってる俺っていう、そういう構造だっていうことがわかったんですよ。 

[コムアイ]
えー!衝撃!

[江良]
こんなのバレたらマジ殺されるぞみたいな。 俺が殺されんじゃんみたいなことになり、やばいから、あの、当時からパートナーだった伊藤忠に、もうすぐに別のとこ行こうって。それでやっぱインドが出てきて、まあインドっていうのは今みたいにすごい貧しい農家が多くて、アメリカとかだとほんと100ヘクタールぐらい飛行機から除草剤バーってまいて、機械でガーって取って、そういうやり方をするんですけど、インドは本当に、あんまり腐るものを使う、作ると、街とかマーケットに運ぶまでに腐っちゃうんですよ。暑いし、湿度高いし、道がそもそもないから、本当に牛のドナドナみたいな感じで運んでいくんで。 だから本当にインドでコットンやってるところは確実に貧しいところです。 だからそういう貧しいところで、あと平均も4エーカーぐらいっていうですね、農地が。 サッカーコート2面分ぐらい、ぐらいの、あの、その、まあ中小農家と小さな農家と、たくさん同じ1トン買うでも、アメリカならもう1農家なんだけど、まあインドならば5農家、10農家みたいなところから買えるから、なんかその関係性が、あの、広がるのもいいなということで、インドを選んだのが2007年なんですね。

[コムアイ] 
ふーん。

[江良]
で、2008年からプレオーガニックが始まっていく。で、今に至る。

[坂口]
じゃあ2007年以前からやっていて?

[江良]
オーガニックコットンは買ってたんだけども、それで行ってみると、またいろんな問題が出てくる。これが畑だとすると、ここで農薬、みんな農薬にも、これ農薬の瓶だとすると、必ずここにどくろマークが入ってて、「Poison」(ポイズン)って書いてあるんですよ。本当に。 

[坂口]
すごい嫌ですね。

[江良]
Poisonって書いてあるんですよ。 でもやっぱね、字も、まあ字が読めない、まず。 だから手づかみしてとか、ぶわーって散布して捨ててとか、で、手もちょっとぐちゃぐちゃになってたりとかして。 で、それもあるし、あと結構決定的だったのは、ここが畑だとして、畑にバーって水まいてるじゃないですか。 そのドアの入り口、この建物入り口ぐらいに井戸があって、みんなそこで水飲んでて、「たまにお腹が痛いです」って子供が言ってたりとかするんですよ。まあ明らかにここで農薬まいてて、そこで井戸から水くんで子供も飲んでたら、それってポイズンなわけだから、やばいでしょっていう。ほんとやめた方がいいよっていうことを思うわけです、普通に。農薬飲んでるから、それは。でもやっぱり農薬を使わないと収穫量が、つまり売り上げが落ちると、2、3割と。だから年収が例えば50万だとしたら、年収40万になっちゃうのだと。
やめらんねえんだよみたいな。でもオーガニックになったらちょっと価格がプレミアムがつくからね。だから同じ収穫量減っても売り上げ変わらずぐらいになるんですよ。そうすればいいじゃんつっても、そこで出てきたのが、「オーガニックって実は3年かかるの知ってる?」みたいな感じで。 僕知らなくて。だからそのマーケット行っても、コンベンショナルっていう普通のコットンで、こっち、オーガニックコットンってあるんですけど、その1年目、2年目、農薬使わない時期は、まあオーガニックでもないから普通のコットンとして売らざるを得ないわけで。
なので、そこで初めてこの移行期間の壁っていうのがあるのを知るわけです、行ってみて。 

[コムアイ] 
収穫量は減っちゃうのに。

[江良]
収穫量は減るのに高く売れないから、じゃあそれやっぱり彼としたら金が大事だっていうのは、まあ極めてわかりやすい話で。

[コムアイ]  
そうですよね。

[江良]
だったらオーガニックと同じ値段で買うよっていう提案をしたのがプレオーガニックの始まり。

[コムアイ]
その谷を埋めるみたいな感じで。

[江良]
谷を埋めて。

[コムアイ]
歩いて渡れる。

[江良]
利益というか、売り上げは変わらずにそっち行けるよって。 農薬飲まなくても済むんだよ。
それで全員じゃないけど、何人かはそれに興味を持って始まっていったっていうのが、2007年で、2008年の作付けからそれが始まった。 

[コムアイ]
すごいな。

[坂口]
なるほど。なんでそんな大事なことを今まで教えてくれなかったんですか!笑

[コムアイ]
長く友達だったのに。笑

[江良]
近しいとね、なんか何を話して、何を。

[コムアイ]
ね、難しいこといっぱいあるだろうなと思うんですけど、まずその生きてきて考えてることとか、培ってきた考え方が全く違うじゃないですか。だからこっちの考えでこうした方がいいよっていう風に言っても、それをどういう風に受け取って理解してくれるのかなみたいな。そこはどういう風に?いや、アマゾンに行ってめっちゃ感じてたんで。 

[江良]
そうですよね。

[コムアイ] 
どうなんですか?

[江良]
まあ本当にこういうコミュニティ、本当おっしゃる通りで、このコミュニティで大事にしてることっていうのが僕たちとやっぱちょっと違うっていうのもあるし。

[コムアイ]
めちゃくちゃ綺麗なところですよね。

[江良]
でも本当にね、僕もなんか支援しようよみたいなこと、何度か態度が出る時もあるんですけど、でもぶっちゃけここ行くとちょっと1ヶ月ぐらい日本帰りたくないなって思わせるぐらいいいところで、なんかあのわかりやすく言うと、なんか例えば三丁目の夕日とか、なんかこう日本が今まで昔はあったけど、なんかこう失われて、今このこの2020年代に失われてしまったものみたいなものが全部残ってるような感じがするんですよ。

やっぱり何もないけども、結構満たされてる豊かさみたいなものがあるんですね。だから、あの、本当にそういう中で、僕たちのように開発して成長するのがいいことだとも思わないし。ただやっぱりそこに困ってることみたいなことはあって、例えばお金がないと、医療サービスが受けられないとか、義務教育は小学校まではあるけれども、例えばわかんない、パイロットになりたい、エンジニアになりたい、何でもいいんですけど、高校に行きたければ、それもお金がないとできないとか、やっぱお金にまつわる問題は結構クリアにあって、そこをまず発見するというか、そこをまず共有するまでのなんか信頼関係というか、そこのコミュニケーションがあれば、あとはもうそこに寄り添えると、話としてはまずそこまで。 何が困ってて、なんでそれで困ってるのかっていうことは、入り口にはいつもなってる気はしますね。 

[コムアイ]
あそこもやってうまくいったからって最初めっちゃ難しいと思うんですけど、あそこがそのオーガニック切り替えてみんな健康になっていってるとか、その畑で過ごしてる時間が、なんていうんですかね、ヘルシーな気持ちで過ごせるというか。 それでうちも真似したいなみたいな感じで広がっていく感じなんですか? 

[江良]
それは絶対あると思います。 まずビジネス上の理由で広がっていくっていうのは絶対あると思います。

ただ、すごい本当に地域によっても全然違うんですよね。 ここの地域なんかは、農薬の被害って実はもう五年前ぐらいに勝手に気づいてて、もう結構オーガニックはオーガニックっていうか農薬は使ってないんですよ。 でも認証を受けてないみたいなとして、「農薬で困ってることありませんか?」って言って聞いたら、「いや、あの5年前ぐらいに村の中で一人の女の取り合いで農薬毒殺事件が起きました」みたいな。そんなインタビューがあってですね。 それぐらい。そのぐらいここはもうそんなに農薬で困ってるわけじゃなくて。ただ、どちらかというと、認証ってインドのルールで500農家ぐらいが集まらないと個人で認証って取れないんですよ。500人集まらないと、それ500人の共同組合、まあコミュニティだよね。 コミュニティを作らないと、申請できない。 

[コムアイ]
それは管理しやすいからってことですか?

[江良]
そうですね、そういう農水省の。 いろいろなその管理、まあその仕組みがあってですね、その ICSってインターナルコントロールシステムは400、僕たちの場合480ぐらいなんですけど。で、何が言いたいかっていうと、彼らはコミュニティを作っていかなきゃいけないみたいなとこがポイントで。で、彼ら本当にインドって何も頼るものがなくて、例えば生命保険とかないし、あとね、日本だと確実に生活保護だけど、生活保護もないし、何もない。なんていうのかな、台風で家が壊れても、もう全部自分、自己責任。 

[コムアイ]
そうなんだ。

[江良]
なんだから頼れるものが何もない分、みんなで支え合って生きていこうよっていう文化が結構あるんですよ。で、480人どういうことで集まってるかというと、「誰にも頼れないから、自分たちの村は俺たちの力で良くしていこうぜ」みたいなノリはそういうノリなんですよ。 

[コムアイ]
素晴らしいですね。羨ましい!

[坂口]
すごいですね。

[江良]
結構ね、一緒に行った中馬も「これ結構グッとくるな」みたいな。なんかやっぱり日本で自分の住んでる場所だったり、自分の家族を本気で良くしていくんだって思って、まっすぐそれに向かって生きていくやつってあんま見たことないよね。 やっぱりちょっと有名になりたい、かっこよく見えたいとか、なんかいろいろ自分のことがやっぱりどこまで行っても、あの繋がってない、ちょっと不自然な感じもあるし。 でもこの人たちは結構本当にピュアなぐらい、やっぱり貧しいし、ここはカーストにも入ってないようなエリアで。 

[坂口]
カーストに入ってないって、そういうのあり得るんですか?

[江良]
指定カーストっていうのがあってですね、いわゆるそのカーストに入らない、日本でいうとその穢多・非人みたいな。だから本当にいまだに狩猟生活が半分残ってたりとか、いわゆる差別みたいなことがちょっとあるみたいなことも含めて。で、とにかく480人集まるんだと。 で、480人集まってるから。あと個人個人で騙されたりするんですって。例えば重りでコットンがこれ50kgですとかいうのも、重りごまかして、ほんと50あるのに45で売買されるとか、そういうミドルマンっていう仲買人が、あの、まあ僕ほんと会ったことないからわかんないですけど、結構悪い奴だっていう定評があって。 ただ480人集まったからこそ、だって日本から直接こうやってバイヤーが来て、また買いたいって。 これやっぱ一人の農家じゃできなくて、480人集まったから、それだけの力を、コミュニティとしてちゃんと力を持って頑張っていくんだと。 そういうようなところで僕たちは結構あの共感してて、なんかそういう、なんだろうね、本当の意味でコミュニティをなんかちゃんと良くしていくんだっていうところとか、なんか結構そういう意味だと、僕たちの価値観をさっき言ったような、あの押し付けたりとかするのでも全然ないし、逆にやっぱ彼らから学ぶというか、なんか羨ましいなって思うようなところとかすごいいっぱいあるんで、結構一ヶ月ぐらい帰りたくなくなっちゃうような。 

[坂口]
だからその、ちょっと不思議だなと思って。 僕、その3年前に鹿児島に移住したって言ったじゃないですか。鹿児島ってオーガニック、日本ではオーガニック農家が全国平均の5倍あるんですよ。 でも全部の2パーセントなんですよ。 全作付け農家の2パーセントしかいなくて、それでも全国平均の5倍あるっていう。それで鹿児島ってオーガニックのスーパーのチェーンがあるんですよ。 全国ね、ローカルでオーガニックだけ扱ってるスーパーチェーンがあるの鹿児島だけだって言われて。 へーと思って。 周りはやっぱりそのできるだけ健康にいいものっていものを選ぶ人が多いから、大体みんなそこ行くんですよ。 地球畑っていうスーパーなんですけど。 だけど2%しかないんですよ。 で、全国平均5分の1って、まあ正確な数字は僕もよくわかんないけど、0.4%とかになるわけでしょ。

[コムアイ] 
そうですね。

[坂口]
小数点になっちゃう。その仲間で移住して有機で育てたりとかね、する人もいるんだけど、結構、隣の畑から苦情が来ると。あの、お前のところが農薬使わないと、隣の、もこっちに虫が来る。

[コムアイ]
虫がいっぱい来る。

[坂口]
大変なんだみたいな感じで、もう周りから責められて、もうそこでできなくなって、他に移ってる人が結構してるんですよね。 だからそういう問題は起きないの? って聞こうかなと思ったんだけど、思ったらそんなことはないって話だったね。 

[コムアイ]
共同体になって。

[江良]
その話はあんま聞かない。 当然村の中でもオーガニックじゃない人もいるんだとは思いますけども。

結構だからそういう意味だと、あの半分政治運動みたいなところと繋がっていて。だから、この農家の代表みたいな、すごいその熱い男がいて、いや、こういう場所に連れてきてみんなに話聞いてもらいたいなと思って呼ぼうとしたんですよ。 

[コムアイ]
うん。

[江良]
そうしたらやっぱりパスポートが取れなくて。

だからコミュニティを作っていくイコールまあそれインド共産党みたいなところで、なんか逮捕歴があるとか、今もだいぶ強権的なんですよね。 

[コムアイ]
はい。

[江良]
うん、だからそういう意味でいうと、本当そういう意味で、まあ政治的なとこも含めてだいぶこう、ガチでみんなで活動している。それはなんか誰か人任せにするというよりも、もう自分たちの力でなんか頑張らないと、にっちもさっちもいかないような場所なんだとは思います。 はい。 

[コムアイ]
めちゃめちゃ羨ましい。なんかその共同体で、みんなで頑張ろう、良くしていこうっていう。

[江良]
それがね、リアルに見えるっていうのは。

[コムアイ]
そうですね。

[坂口]
うーん。

[コムアイ]
坂口さんはあるんじゃないですか?鹿児島でいろんな、こう、 鹿児島戻られたっていうので、両方東京と鹿児島を見てて、そういうことができそうだから鹿児島に。

[坂口]
そうそうそう。

[コムアイ] 
そういうことが面白いから鹿児島に、あえて。

[坂口]
うん。だから、鹿児島の僕らの中の今日こんな感じです。

[コムアイ]
うんうん。

[坂口]
で、さっき誰かが外で「なんかここ東京じゃないみたい」とかって言ってたんだけど。

[コムアイ]
へー。

[坂口]
その、どうしても東京ってのはやっぱり大きすぎるというか、別に全然その、僕も高校卒業して鹿児島からこっち来て30年以上東京に住んでたんで、鹿児島よりも長いんですよね。 東京の方が。 だけど、別に鹿児島に限らないけど、地方と東京の違いって何か。 僕1990年に東京に出てきて、その時1,200万人ぐらいの人口だった。今、東京の人口で去年が最高になってるんですよね。1,430万人ぐらいかな。だからそれぐらい増えてて。 だから土地の取り合いが起きていて。 だから土地がないからどんどん高くなるじゃないですか。 そうするとやっぱりどうしてもこう、バーティカルな、縦にこう登っていくみたいな感じで。 そうすると同じビルの中にいても、上の人と30階の人と2階の人はなかなか交わらないじゃないですか。 だけど鹿児島だと横なんですよね。 ホリゾンタルなんですよ、関係が。 その上下が、先輩とかはいるけど、先輩後輩とかはいるけれど、なんかすごくね、横に繋がっちゃうんですよね。 だからこう、会いたい人が向こうから歩いてくるみたいな感じで。 それでいろんな物事が起きていくから、まあこっちの方が心地いいなと思って。

まあ鹿児島にもう行ってもいいなと思うようになったんですよね。もう十五年ぐらいずっと二拠点でずっとやってるので。 だけどまあ東京に来ても、こういうところだと全然フラットじゃないですか。 

[コムアイ]
なんか村みたいな感じですよね。 よく村みたいになるなとは思います。東京で。 なんかこう、いろんな村がありません? こっち系の村、こっちの村って。 自分からこう、自分はいろんなこう、いくつかの多分村のに所属しているみたいな気分で。 

[坂口]
あ、そうそうそうそう。

[コムアイ]
そうそうそう。イベントによって、あ、こっちの村の人たちが今日いるなみたいな、そういう感じで。ただ、ストリートを歩いていて、おっしゃったように向こうから誰かが来るみたいなのは本当にレアで。

[江良]
うん。それは難しいよね。

[コムアイ]
やっぱり街が大きいっていうのあるかな。

[坂口]
だから90年代ぐらいまでは渋谷のスクランブル交差点歩いてると向こうから誰か歩いて来てたんだよね。 なんか大体みんなやっぱ音楽やってると大体渋谷にみんないるから、レコード屋さんもいっぱいあったし。もう昨日、まあ最近歩くと、知ってる人どころか知らない国の人。それで、あの信号が変わる瞬間にみんなダッシュして走っていって。 

[コムアイ] 
写真撮りますよね。

[坂口]
自撮りで動画撮ってみたいな感じで、それを避けて歩くみたいな感じで。まあそこはね、随分変わったなと思いますけど。まあでもこうやってこういうところに来れば、あの東京の中にローカルがいっぱいあって。

[コムアイ] 
そうですね。

[坂口]
それで、あの宮本常一っていう民俗学者を研究してるアメリカ人がいるんですよ。で、彼も鹿児島に移住してきて住んでるんだけど、大学で先生やってますけど、僕がもう本当に月の半分、三分の一から半分ぐらいは東京にいて、ほんで戻って、で、鹿児島市っていう中核市に一旦は降りるけど、まあその地方のとこに住んでるんで、「君は宮本常一が言う世間師だね」って言われたのね。世間師っていう人たちが昔の共同体にはいたと。 あの、わかりやすく言うと、ムーミンのスナフキンみたいな。 

[コムアイ] 
へー。

[坂口]
時々どっか行って、あの、あっちの谷はこうだった、こっちの村はこうだったって言って、時々帰ってきて、ポロロンって弾いて、で、そうだったよって話して、またどっか行くみたいな。
あの、彼はそれを、あの宮本常一の『忘れられた日本人』っていう本を英訳してるんですよ、アメリカで。 

[コムアイ] 
おー素晴らしい。

[坂口]
そう。それで、その世間師っていうのをどう翻訳したのかなと思ったら、worldlyっていう英語を英訳してた。

[コムアイ] 
面白い。

[坂口]
だから世界、worldly、どういうニュアンスだろうなと思って。まあそういう人。

[コムアイ] 
形容詞みたいな感じで。

[坂口]
そうそうそう。 で、その共同体にはそういう人も必要だねって彼は言ってくれて。

あの、日本の地方だと、その消防団に入らないとか、そういうの結構ね、怒られるんですよ。  なんでそういうコミュニティ活動しないんだって言われるんだけど、それが嫌で出ていく人も結構いるんですよね。 

[江良]
そうでしょうね。

[坂口]
そうそうそう。 なんだけど、僕の場合はね、あちこち行って、いろんなこう、あっちの村はこうだった、こっちの谷はこうだったっていうのを、そういう役割の人だから、あの、「全員が同じように消防団に入る必要はない」ってまあ彼が言う。

彼はでも消防団入ってるんですよ。 アメリカ人なんだけど。 あの組合長とかやってるんだけど。 

[コムアイ] 
おー組合長。

[坂口]
そう、「役割が違うんだ」って言われて、「そういう人もいた方がいいんだよ」っていうことを地元のおじさんたちにこう言ってくれて、まあ僕はそこにいられるって感じなんですけど。

[コムアイ]  
面白い。 うん。

いや、私、一生でどこに根を生やしたらいいんだろうっていうのは結構最近の悩みで。 あの、このまんまだと、私、坂本龍一さんの亡くなる直前のドキュメンタリーをちょっと前に仕事の機会があって見させてもらったんですけど。で、ニューヨークと東京を拠点にされてたけど、東京の病院で亡くなったんですよね。 やっぱり自分がどっかのタイミングで病気になって死ぬっていう、事故とかの可能性もあるし、いつ死ぬかわからないんだけれども、そうなった時じゃないですか。そしたらやっぱり保険払ってるの日本だし、日本の医療を頼ると思うんですよ。そしたら私、日本の病室で死ぬのかなと思って。 なんかすげえ不本意だなって思って。

[江良]
アマゾンで出産するぐらいですから。ちなみになんでアマゾンで出産されたんですか?

[コムアイ]  
それをね、そう、めっちゃ今書きながら、ずっとわかんないです。あの出産記を。

[坂口] 
それをね、今言葉にしてるよね。

[コムアイ] 
そう、出産日記を今本にしてるんですけど、本にしながら、その問いが最初からあってもう8割ぐらい書いてるんですけど、まだわかんなくて。

[江良]
まだわからない。

[コムアイ] 
自分で。

[江良]
答えがつかない。

[コムアイ] 
書き終わった時にはわかるんじゃないかなと思ってるんですけど。 なんでなんだろう。あの、すごい、いいとこどりしたいんですよ。 だから全然日本で健診行ってたし、医療に全然頼って生きてるんだけども。 でも出産に関して言えば、やっぱり患者としてまずは扱われたくはない。 患者じゃないからって思ってて。その生活の中で普通に妊娠して普通に生まれるっていうことがあるはずだみたいな。 

[坂口] 
病気じゃないもんね。

[コムアイ] 
病気ではない。 
病気じゃないって思っていたから、なんか病人のように扱われたり、陣痛になってから移動しなきゃいけなかったり、その分娩台とかが私は怖かったです。 なんかコントロールされるんじゃなくて、自分が主体的にその時いたい場所を選びながら、その生まれるとこで産むみたいな感じを尊重してくれるところがいいって思ったり。

あともう一個は好奇心で、薬草の知恵があって、その手で触って、お腹の上からこう手で触って、その性別がわかるとか、あの産婆さんが生まれる前から触って、「男の子だね、女の子だね」ってわかったり、あと手でその逆子直したり、薬草をそれで、それに使ったりとかするっていうのを聞いて、そこは好奇心ですね。 なんかちょっと知りたい、どんなか知りたい、そんな自分が妊娠してる機会じゃないとそんなこと知れないしっていう好奇心もあります。 だからなんかあんまり考えずに。 

[江良]
でもそのさっき言ってた、「日本の病室で死ぬのは不本意だ」みたいなところとは結構つながるんですか?

[コムアイ] 
繋がって。あ、そうそうそう、ごめんなさい。そういう質問だった。

[坂口] 
まあ死も自然だから。

[コムアイ] 
そうですね。

[坂口] 
病気で死ぬのはあれだけど、老衰で死ぬっていうのは別に自然なことじゃないですか。死なない人間はいないから。

[コムアイ] 
そうだわ。

[坂口]
うん。

[コムアイ]  
なんか多分、生と死を両方を管理する方向にどんどん行ってるんじゃないですか。

[坂口]
全部もう病院でっていう。だからほら、日曜日に亡くなる人が多いでしょ。

[江良]
[コムアイ]
そうなんですか。

なんでそんなことしてるんですか。

[坂口]
家族が行けるから。

[江良]
あー。

[コムアイ] 
えっ。

[坂口]
だから日曜日まで延命して。

[江良]
あ、そういうこと。


[坂口]
集まれるタイミングで逝っちゃうっていうことが多いらしいんですよ。

[コムアイ] 
あ、でもうちも母を看取ったんですけど、そうでした。あの最後緩和ケアでやっぱり一日とか二日とかは調整できるんだなと思いました。

[坂口]
だからその、もう多分金曜日も意識はないんだろうけど、一応心臓が動いてる状態にするみたいなことなんじゃないかと思うんですよね。だからそれがそのサービスになってるってことですよね。

[コムアイ] 
そう、一個はそれですよね。 あとは勝手に死なせないし、勝手に産ませないみたいな。なんかやっぱりそれがちょっと自分的にそれから自由でいたい。 もしくは自分の選択でそれを選ぶんだったらいいんだけど、なんか自由に選択させてくれよみたいな気持ちが、一個あったなと思うんですけど。 

[坂口]
にしてもアマゾンで産むってのは相当な。別に。

[コムアイ] 
はい。

[坂口]
もうちょっと他にもあったんじゃないかっていう気もするけど、ポジティブにアマゾンを選んだのはなんでなんですか?

[コムアイ] 
あの、私のパートナーがその人類学者で、元々。映画監督でもあるんですけど、『カナルタ』っていうドキュメンタリー映画をその博士課程の時に撮っていて、そこの村、その時滞在していた村なんですよ。で、長く滞在、だからホストファミリーみたいな感じですかね。 

[坂口]
ああ、なるほどね。

[コムアイ] 
パートナーのホストファミリーのところに行くみたいな感じで、自分の、実はインドで産むことを結構真剣に考えてたんですよ。で、なぜかっていうと、アマゾンよりもインドの方が私には近くて、南インドに私はなんか通う、何度も通っていて、歌を、習っている先生がいて、すごく本当に地球にインドがあってよかったって本当に何度も思って、めちゃめちゃ救われてきたんですけど。

なんか私のその歌の先生が一番縁がある人で、インド人で。 でも、あの、その親御さんが薬剤師なんですよ。 だから、あ、そっち行っても多分普通に病院で産むことになるなと思って。 それだったら日本の病院でいいかみたいな。 とか助産院とかでいいかって。 

[坂口]
病院が嫌いなの?

[コムアイ]  
なんか病院で産みたくないっていうのがめっちゃありました。
あとパートナーと一緒に産みたいって思ってて、あの支えてもらったりとか、いろんな方法があるんですけど、陣痛の時とか、本当4日だったりとか、産むのも時間もずっと測ってもらったし、まあ助産をしてもらったって感じですね。

そういうふうに産みたいっていう希望もありました。 でも自宅出産っていう方法もあったし、それもすごいいいと思います。 

[坂口]
いや、だからもう日本の病院が好きじゃなくて、アマゾンで産みましたって、そこだけ聞くとなんかもうアマゾン川のほとりで、もうなんかドーンと産んじゃったりみたいな感じがするけど、そこまではなかった?

[コムアイ] 
そう、先住民の、先住民がすごい大事な知恵を受け継いでいるはずだっていうのがあって、思って。なんかそれも知りたいし。

[坂口]
日本はもうそういう知恵じゃない、そういう産婆さんって多分いるとは思うんだけど。

[コムアイ] 
たくさんね、いるけど。

[坂口]
だけど知識になっちゃってて、知恵って感じじゃないですもんね。

[コムアイ] 
あと若干、ここまで言ったらあれだけど、なんかこう、だんだん権利を取られていってるような気がする。その産婆さんの自由、例えば助産で、助産院だったり、助産師さんがこう、なんていうのかな、担当してても、ここまでいくと危ないなって言ったら、こう、もうすぐ病院に行きましょうみたいな風になったりとか。 

[江良]
昔はそんなこと多分なかった。

[コムアイ] 
そうですね。すっごい難しいラインでだと思うんですけど、誰がその責任取るの? っていう話になっちゃうと。でもアマゾンだとその誰が責任取るの? っていうのが、誰も責任取れないというか、それがある意味自由だったのかな。 自由を保ててるのかな。責任の所在とか裁判とかはないし、警察もあそこまで行かないしって感じ。なんか人が殺し合った時に、殺し合った人たち同士で、二家族が殺し合ってしまったことがあったらしいんですよ。なんか裁判とかないから、最後話し合いで解決したらしくて。 

[江良]
すごいですね。

[コムアイ] 
すごくないですか?そこで折り合いをつけれるんだなって。

[江良]
でもインドの場合は結構みんなもう誰にも頼れないから自分たちで頑張るぞみたいな感じだけど、アマゾンはどういうコミュニティのあり方なんですか?

[コムアイ] 
でも、部族によって結構違って、私がその行かせてもらったところは、そういう組織力が高いので、ちょっと聞いててやっぱ似てるなって思ってました。一部の人はほんと良くしていこうとか、環境を守る意識もすごい強かったりするし。

で、同じなのがやっぱり教育。いい教育を受けさせたいっていうふうに思ってる親が多いからお金が必要になって。そうすると今まで物々交換していたものもお金で交換したいなっていう風になってきてしまって。そういう感じでだんだん、例えば10年前はもう雑穀しかなかったんだけれども、こう貨幣経済がどんどんどんどん広がってきてしまってて。 お金が変わるとやっぱコミュニケーションが変わってくる、冷たくなっていくと思うんですよね。なんかそれがすごく過渡期だなって思いました。 

[坂口]
だからあの、いきなり話をグッと変えますけど、あの、僕が初めて会ったのは福島の第一原発で会ったんですよね。

[コムアイ]
はい。

[坂口]
一緒に見に行ったんですよ、この三人で。あの事故を起こしたところの一号機の本当すぐ近くまで行って。で、いろいろ説明を全部東電の方に全部聞いて。一番衝撃的だったのは、なんかその、多分僕と同じぐらい、僕今54歳なんですけど、僕と同じぐらいの頃に原発の工事が始まってて、多分その、僕が生まれたぐらいの頃にですね。 で、多分僕と同じぐらいの子が小学生の時に書いた作文がこう貼ってあったじゃないですか。 

[コムアイ]
うーん。

[坂口]
あの、これができたことで、お父さんは、出稼ぎに行かなくて済むようになりました。

[コムアイ]
靴が買えるようになった。

[坂口]
そう、靴が買えるようになりましたって。 もう結構それ衝撃で。多分僕と、僕が小学生の頃にそんな、別にそんなうち裕福とかそんなとこじゃなくて、うちの周りにそんな人いなかったと思う。僕の小学生の周りに。靴が買えないっていう同い年っていうのがいて、それが原子力発電のおかげでできるようになった。だけど、それが40年ぐらい経って、今結構大変なことになってるよっていう、それがその、貨幣がなんかドーンと入ってきて、お祭りも隣同士でやってたのに、仲悪くなったとか、なんかいろんな話がちょっとまあ一旦ネガティブな話だけど、まあそういうのが出てきて。その一番思ったのは、それによって、僕が今その暮らしてる鹿児島町の町は未だに下水ないんですよね。だから全部浄化槽なんですよ。 浄化槽っていって、今は汲み取りってあんましないんで、新しく作ると、あの、一応バイオで浄化して流すようにしてるんですけど、下水がない。 光ファイバーもない。 だけど、福島のその辺りはもうその当時からもう下水完備で。 

[コムアイ]
うーん。

[坂口]
で、壊れたあの公民館のとこ行ったら、「下水トイレなんか清潔な暮らし」みたいなポスターがこう貼ってあったりとかして。 一旦はね、良かったんだろうけれども、今それのおかげで結構大変なことになってるっていうのを、一緒に見に行ったっていうのが始まりですよね。 

[コムアイ] 
はい。今江良さんが話してくれたその話と本当にかぶるなって思って。

[坂口]
なんか対極。

[コムアイ]  
規模は違うかもしれないけど、でもやっぱり健康のこととか、こっちの方が感覚的にいいよねって思いそうなことを一旦こう蓋して、目先のお金がくれる便利さとか、そういう経済的な豊かさを優先しようっていう風に。 でもそれは全く責められなくて、その時の日本の状況があってそうなんだけど。

[坂口]
そう、攻めるつもりはない。

[コムアイ]  
だけど、それがそのインドの、普通に農薬を使ってる農家で健康被害が出てきてっていう話とめちゃめちゃかぶるなって。 

[江良]
僕が一番かぶると思ってるのは、やっぱりその、福島第一原発の電力って、あの、まあ最大出力だと東京の電気の10パーセントを担っているわけで。 それって、それって僕たちの話だよねってところと、まあTシャツに関してはまあいろいろ難しいとこもあるんですけど、これ僕たちでもみんな綿製品、まあ見ると大体みんな着てるし、これがどっかで作られてて、新疆綿なんか今結構有名な話だしってことだから、でもたどっていくと結構いろいろ、「それってまあ関わり合いたくないよね」みたいな話って結構あるよねっていうか。

だからね、街にいるとお金で何かがこう変換されちゃうから、まあ基本見えないんだけど、見えない先に結構いろんなことがあって、なんかそこって、考えてった方が平和に生きていけるなっていうようなことが、皆さんほんとね、ぜひ福島とかインドのツアーぜひ一緒に行きたいですけども、インドの方が大変なんで、ちょっと福島今度いろいろツアー作ってるんで、行ければと思いますけど、もうほんと行った方がいいと思いますね。あれを一回ね、見てみた方がいい。

[坂口]
そう、絶対行った方がいいですよ。 

[江良]
何も、何も始まってないですからね、あの事故以来。そのままのことがまだあって、15年ですよね。 

[坂口]
ね、もちろんネガティブなことばかりじゃなくて、まあ知識として、あの有名な福島第一原発で東京の10パーセント作っていて、第二原発でもう10%作っていて。柏崎? の方がもっと大きいんでしょ。だから、というと、もう半分近くそこで作ってるっていうことを、まあ僕らもあんまり知らずに来てしまったっていう。そのわりにめちゃめちゃ怖がってるじゃないですか。「放射能怖い怖い」って。 だけど僕らが第一原発に行って一時間ぐらいいたんでしたっけ?一時間ぐらいずっと説明してくれるんですよ。それも、もうかなり、包み隠さずというかね、いろいろ説明をしてもらって。 

[コムアイ]  
どんな質問にも答えてくれる。


[坂口]
そうそうそう。かなり際どい質問にもかなり丁寧に答えてくれるんですよ、行くと。で、一時間半、一時間以上いて、で、最後あのカウンターつけてるんで、出る時にその放射能のチェックをして出るじゃないですか。それの被曝量っていうのが、もう第一原発すぐそこみたいなとこまで行くのに、レントゲン一回撮るのに何分一つだっけ? 

[コムアイ] 
そうですよね。歯のレントゲンとかそれぐらい。

[坂口]
そう、その程度なんですよね。だから、チェルノブイリなんていうのは、チョルノービリ?

[コムアイ] 
うん。

[坂口]
あの、あれってどうなってるんですか? って。 あれはそもそも廃炉なんかやってませんっていう話ですよね。 廃炉できる状態じゃないらしいんですよね。ただもう覆って、もう置いてるだけ。 で、覆いもボロボロになってきたから、またさらに覆って、またそれがボロボロになってずっと覆い続けるみたいな。だけど、それからすると福島はそんなに、あの今は封じ込めてるんで、廃炉のね、出せてないですけど、それも廃炉もできるのかどうかもちょっとよくわかんないけど。まだなんていうの、再生の可能性があるというか。 だからその、こう怖がりすぎも良くないし、かといって肯定もできない。けど、僕らの暮らしにかなり密接なことがそこにあったっていうことを、あまりにも東京に暮らしてる時に知らなさすぎたなと思って。そのオーガニックコットンの話もそうですよね。コットンのTシャツはもう絶対僕らもう家に何十枚あるんだろうっていうぐらいあるんだけど、どっから来てるのかっていうのは、まで思い立ったことってほとんどないので。 まあそこにその江良さんのね、活動で、まあ原発も連れて行ってくれたんですよ。
だからそういう、自分たちの暮らしの一つのルーツというかね。 

[コムアイ] 
うん、確かに。

[坂口]
密接なものなんで。

[コムアイ] 
なんか電線をたどって戻っていくみたいな。

[坂口]
そうそうそうそうそう。

[コムアイ] 
遡っていく。

[坂口]
行ったら行ったですごい色んな問題もあったし。

[コムアイ] 
うん。 廃炉は本当に終わらないんじゃないかと私は思いました。

[坂口]
ねえ。 っていうのも思ったし、あの、いまだにやっぱり1号機か4号機まであって、5号機6号機っていうのは事故ってないから、7号とか8号とか作った方がいいんじゃないかっていう地元の人もいたりとかね。 

[コムアイ] 
ちょっと凍りついて。こちら側は。マジかってなってしまったんですけど。

[江良]
やっぱり、経済圏がね、経済システムができてるから、原発があるからね、そこを本当掃除しに行く人とか、いろんな、やっぱりそれで靴が買えるようになったわけだから。

[コムアイ] 
そうですね。

[江良]
まあ半分ジョークにしても本当笑えなかったですよね。地域の人、そのシンポジウムでね。どうやったら良くなりますか?この町は。って言ったら。7号機、8号機だ。

[コムアイ] 
もっと新しい原発をここにまた作ろうって、その話してる目の前のその双葉町はもう何もないんですよ。全部。

[坂口]
まあね。

[コムアイ] 
全部町が。吹っ飛んじゃったというか。ね、みんな避難して、もう10年以上経って、やっぱ避難が、例えば火力発電所だったらすぐ戻ってこれると思う、事故があっても。 もっと片付けが、もっと片付けだけで済むというか、除染がいらなかったりとか。 でも、もうその一番最後までかかってるんですよね。双葉町の方々が一番最後に戻ってこれるようになって、それ3年前とかにはようやく戻ってこれるようになったらしいんですけど。でもそうするともう別のところでみんな避難先で生活10年しちゃってて。 だから赤ちゃんももう10歳になっちゃってるから、なんか地元でもないし、なんで今更何にもなくなっちゃって、まっさらなとこに戻るの?みたいな感じになっちゃってて。 そういう、それでもその冗談かもしれないけど、新設っていうことが出たのはちょっとすごいなというか。でもそれがリアリティなんだなとか、いろいろ思いました。 

[坂口] 
それを、その発言した人も僕と同い年だったんですよ。

[コムアイ] 
それすごいですね。でもお孫さんがなんか大きいって言ってましたね、なんか衝撃でした。中学生って言ってたっけ?やべ、え?

[坂口] 
孫が中学生、だいぶ僕も脳がバグったんですけど、あの作文を書いた子がなんだろう、と思うんですよね。 同級生が書いたような作文だったんだろうと思うんで、まあ同じだけの時間を過ごしてきて、これだけいろんな考え方が変わるのかっていうふうに思ったんですけど。

なんか一応ね、今日あの僕司会でもないんですけど、今日のテーマを「Common Ground」っていうのをテーマに話そうねっていう話で。そのCommon Groundっていうのは、その共有の土地、グラウンドじゃないですか。で、そこのグラウンドにいる以上は、Common Groundっていうのは、公義、広い意味で言うと妥協点とかね。 やっぱりみんなそこにいるからには、さっきの農薬の話もそうだけど、俺は農薬は使わない、こっちは使ってる。でもその真ん中のみんなの土地に虫が来ると困るから何とかしようよみたいな話をそこで話すみたいなのがCommon Groundだと思うんですよね。でもそれが、今バキッと分断されてて、全然話にならないっていうか、もう憲法でも何でもそうですけど、あの妥協っていうのがなんかできなくなっている。で、感情的になんかそのもう、いやもうそんなあの福島で、だって散々東京の人が使ったんだからさとかって言って。 で、どうやったら良くなるつったら、また原発作って儲けりゃいいじゃんっていう人が出てきた時に、「えー?」ってなるじゃない、なんか。でもまあ、でもまあやっぱ一回はそういう考え方があるんだなっていうのをリアルに知るっていうことがまず。 
僕ら全くそんな意見が出てくると思わなかったんで、結構衝撃は衝撃でしたけど。「あ、そうか」って。まあでもまあそういう人生を歩んできた人にとってはそれが一つの正解だし、正しさを主張し合うと喧嘩にしかならないんで。 まあどっかでなんか「あ、そういう人生もあるんだな まあ、んー、でもない方がいいと思うけど」っていう。まあ農薬にしても、その農薬、あのオーガニックの問題にしても、もっと全然小さいのかもしれないけど、でも全部一緒って感じがするんですよね。 そういう妥協する知恵みたいなものがどんどん失われてるような気がするというか。みんな知識で話してしまって、全てがサービスになっていって。 で、サービスがいいか悪いか、星が何点かで判断しちゃうみたいな。「この病院星3つです。 あそこはなんかすごく評判悪いよ」みたいな。すぐ終わっちゃうとかさ。 

[コムアイ] 
うん。

[坂口] 
なんかそういうのはなんか、どうなんだろう。で、自分たちが使ってるもののルーツを知るとなんかね、こう軽々しくいろんなこと言えなくなるけど、それでもまあ主張はしなきゃいけないし。まあそのCommon Groundが必要ですねっていう。 

[コムアイ] 
本当にそう。本当にそうです。

[江良]
そうだね。 でも本当にそういう、「妥協をみんなでしてこうよ」なのか、どういう呼びかけなのかわかんないですけど、なんか前のサイドコアと話した時も、やっぱり想像力というか、ちゃんと想像して、こういろいろ重ね合ってったりするようなことが、楽しいことだし、自分の世界を広げていくことでもあるから、そういうことが、大事だよねみたいな話をしたんですけど、どうやってそういう場を、みんなを誘ってったりとか、例えば、その原発賛成の人、反対の人でいいですけど、どうやってそこをこうつなぐ橋みたいなものを、積極的にみんなで、「じゃあお互いからこっちから俺橋かけるからそっちから橋かけてよ」とか、どうやってこれを促していけるかというのを、あの、プレイスメイキングのプロの坂口さんとアーティストのコムアイさんにぜひこうアドバイスをいただきたいです。

[坂口] 
いや、そんな人にアドバイスできるようなことはない、ないんだけど!その、妥協って良くないっていう感じのイメージあるじゃないですか。だけど、さっきも言った通り、誰かと一緒に何かやっていこうと思ったら、どこか何かを我慢しなきゃいけないじゃないですか。だって子供と一緒にいたって、だいぶ親は我慢するでしょ、でも子供だからできるっていうことかもしれないけど、それは他人にはそうそうできないよってなるかもしれないけど、でもそれだと成り立たないんで。自分のやりたいことばっかりやってるだけではなかなかそうはいかないから。まあだから僕らは、僕がそのずっとフェスティバルみたいなことを、そのかなり、中山間地域のすごい過疎地で、15年やってたんですよね。で、地元の人たちと一緒に実行委員会作ってやってたんだけど、町から関わる、もう東京から関わってたわけだから、僕は。 まあそういう仲間がいっぱいいたんだけど、とにかく「イエス、バット」ってまず一回聞く。 

[コムアイ] 
うん。

[坂口] 
いや、もう全然これ違うなと思っても、「あ、そうですか」。違うと思ってても一回「そうですか」って言うようにしよう。

[コムアイ] 
うんうん、大事。

[坂口] 
「あ、そうですか。でもね」って。うん、そういう、まあ小さいことですけどね。やっぱり一回はね、ちょっとこう受け入れないとなんか反射的にこう。

[江良]
それって咀嚼してみると、やっぱり気づきとかやっぱあるものなんですかね。全く反対の意見でも。

[坂口] 
うん。それだって、自分100パーセント正しいなんていうのは誰にも言えないじゃないですか。
だけどやっぱり、SNSの時代になったからなのかわからないけれど、ちょっとその反射神経で物事を判断しちゃうことが多すぎるっていうか。だからもうちょっとゆっくり、一歩、一歩下がるみたいなことがないと。 うん、かなっていう。特にその、よって立つところが全然違うんで、都会に住んでる人間と。 

[江良]
そうですね。

[坂口] 
うん。まあこのインドなんかもその極致だと思いますけど、日本の中でもいっぱいありますよ、そういうところが。もう、その農家の、農村にね、スーツ着ている人が歩いてるだけで、ものすごい違和感だから。 

[江良]
それは、そうですね。ちょっと考えて。

[坂口] 
そう。なんかもう日本でも田舎のおじさんが、「なんか背広着てるやつがいる」って言って、「何があったんだ?」ってなる地域がいっぱいあるんですよ。だからそういうところに行く時は、まあ背広脱いでいかなきゃいけないし。いかなきゃいけないっていうか、脱いで行った方がいい。 

[コムアイ] 
なるほどね。

[坂口] 
まあそういうことなんじゃないかなと。

[江良]
はい、ありがとうございます。

[コムアイ] 
ありがとうございます。

[江良]
ありがとうございます。じゃあコムアイさん。

[コムアイ] 
私は、今、そうですね、聞きながらめっちゃいろんなことを考えてたんだけど。なんか一個は、私が考えてるのは、もう対面とか声を介した方がいいなと思っていて。電話でもいいと思うんですけど。今ポッドキャストやってるのも、なんか多分自分の中でその、そっちの方が何かマシなんじゃないかって思ってるところがあって。何なんでしょうね、このテキストのやりとりだと。 
一個はさっき言ってた、そのSNSでなんか反射的に書いちゃうっていうのは言ってたじゃないですか。私はなんかその反射的に書いてるのもあると思うし、なんかそうじゃないやつもあると思ってて。本当は見た瞬間に戸惑ってる表情とか間があるんだけど、そこが消えて、その反論を、時間置いて考えたのを出してるみたいな。でもその前の間とか表情みたいなのが大事なんじゃないかって思っていて。 で、音声だともしかしたら映像でもいいし、電話とか対面とかだとそれが残るから、「え、どうなんだろう、そうなのかな、うん」みたいな。そういうことが感じられるメディアとか、なんかこうコミュニケーションっていいなと思っていて。で、そのまさに私たちがその地元の方、福島の地元の方との話を聞いて、結構くらったのも、対面だったからできたというか、テキストだったらあんなにくらえなかったかなと思うし。実はその方が、「ケンタッキーができたらいいと思う」みたいな。 別のその提案で。 

[江良]
町に何があると良くなるかっていう質問に対してですね。

[コムアイ] 
質問に対して、「ケンタッキーができたら、みんな来るだろう」みたいな感じで言って、「どう?どうだ?」って言われて。同じその会だったから。 えっと、「どうだ?」って言われて、「いや、双葉町じゃなくてもどこにでもあるからケンタッキーじゃなくてもよくないですか?」
って普通に返しちゃったんですよね。 

[坂口] 
そうだよね。その後楽屋で、僕もそう言ったんだけど楽屋でね、あの後。そしたら「そんなのはケンタッキーがあるとこのやつが言うことだ」って言われて。

[コムアイ] 
そうそうそう。本当にそう。

[江良]
それは間違いない。

[コムアイ] 
そうなんですよ。

[コムアイ] 
でもそれも、テキストだったらもうちょっと考えて私返してたと思うんですけど、あんまり考えてなくすぐに出ちゃうんですよね。 でもそれによって、「あ、自分ってすごい都会の人間のバカさを露呈してるな」みたいなことがわかるっていうか、なんかそれが良かったっていう。
摩擦でしかないシンポジウムのその会だったんだけど、私はすごく良い、良い体験を、良いことが分かったと思ったんですよね。 

[坂口] 
いかにそのSNSのテキストの世界っていうのが情報が少ないかってのがよく分かったっていうか。

[コムアイ] 
うーん。

[坂口] 
その言い淀んだり、「え?」ってなって、「いや、ちょっと待って、えーそれで?」ってなったりする。多分こういう瞬間って。

[コムアイ] 
なってるなってる、絶対みんななってますよ。

[坂口] 
そう、言語化する前に自分の中をスキャンしてるんですよね、きっとね。「あれ?」って。
「え、それでいいんだっけな?」みたいな。でもそこの、あの部分がごっそりなくなっちゃうじゃないですか。

[コムアイ] 
そう、強気の部分しか出ないですよね。

[坂口] 
この情報が実は一番大事っていうね。 あ、あの人そういうボンと言われて、「ん、いや、そうかもしれない。 確かに。「うーん」って一瞬考えたなとか、その時の表情であるとか、なんかそういうものにものすごく豊かな情報が含まれてるんだけど、その言い淀んだっていう部分は全部なくて。で、「いや、それに対してこう思うんだ」っていうのを返したところだけになるから、そうすると「あ、なんかいきなり反論してきやがった」みたいな感じでまた被すみたいな。 

[コムアイ] 
そうですよね。

[坂口]
まあ便利なんですけどね、インターネットはね、特にもうSNSもすごい便利だと思うけど、その間や間合いであるとか、この表情とか、すごい困った顔したとか、嬉しそうだったとか、そういう情報が大事。 

[コムアイ] 
大事だ。

[坂口]
だなと。声色とかね。

[コムアイ] 
そう。弱い部分が多分その橋を渡し合えるタイミングというか、隙になるんですかね。チャンスのきっかけ。

[江良]
弱いっていうのは?

[コムアイ] 
あの強気の時に、強気の言葉だけがこう、強気の気分とか考えが言葉になって残るとしたら、その弱気な部分。 自分がこれで合ってたのかなって。反論された時、これで合ってたのかなって思うじゃないですか。 その部分から紐解いていけるのかな。 でもそこって自分の中で泥に手を突っ込んでいくようで、きついんですけど。 

[江良]
ちょっと違うかもしれないけどね。 そのインドの方でも、「いや、でもここ変えれなくて学校行けないんだよね」みたいな。まあそれってさっき課題とか言ったけども、もしかしたらその人の本当に何か困ってたり迷ってたりとか、そういう弱さみたいなところに、やっぱり一回そこの立場に立ってみないと難しいのかもしれないですね。 人と人とで何かをこう、戸渡し合うみたいなことね。 

[コムアイ] 
いやー。え、もう時間が過ぎちゃってるか。

[江良]
もうね時間過ぎてるんで、もうここら辺でバシッと締めたいんですけど。

[コムアイ] 
あと二時間ぐらい話したい!

[江良]
そうね。このメンバーでも双葉町から三時間半ぐらい車で帰ってくる時も全く話止まらなかったですからね。

[コムアイ] 
そうですね、結構夜遅かったのに。

[江良]
ちょっと宴もたけなわ、僕たちだけ、たけなわかもしれない。じゃあこの後は、坂口修一郎さんが、 DJをやっていただけるということなので、ぜひですね、8時までここ開いてますので、みんなで楽しんでお話とかできればなと思ってますので、よろしくお願いします。

今日はですね、どうもありがとうございました。
坂口修一郎さんとコムアイさんでした。

[コムアイ] 
[坂口]
ありがとうございました。

記事の掲載場所: 2026年7月30日